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東京高等裁判所 昭和29年(う)679号 判決 1954年7月28日

控訴人 原審検察官

被告人 野口高太郎

検察官 中条義英

主文

(一)原判決を破棄する。

(二)被告人を懲役六月及び罰金五万円に処する。

但しこの裁判が確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

(三)被告人が右罰金を完納しないときは、金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

(四)被告人から金三十七万七千七百八十四円を追徴する。

(五)原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

検察官の本件控訴の趣旨並びにこれに対する弁護人の答弁はこの判決の末尾に添附した検事田中良人名義の控訴趣意書及び弁護人平井篤郎名義の弁護要旨と題する書面にそれぞれ記載する通りである。

これに対して次のように判断する。

(一)  関税法第八十三条は、関税賍物罪(即ち関税法第七十六条の二に該当する罪)の対象となつた貨物で、犯人の所有又は占有するものはこれを没収すべく、もしその全部又は一部が没収できないときは、その物の原価に相当する金額を犯人から追徴すべき旨を定めているが、その立法の趣旨に鑑みれば、右は没収(もしくは追徴)について、裁判所に裁量の余地を認めた刑法第十九条又は第十九条の二に対する特則であつて、いやしくも、関税法第八十三条所定の条件の存在する限り、必ず没収又は追徴の言渡をしなければならない、いわゆる必要的没収の規定であると解するのを相当とする。従つて、もし被告人が原判示のように買受けたウイスキーを、原判決を受ける当時に於て占有していたならば、当然没収せらるべきものであつたのが、一件記録に徴すると、被告人は、原判示ウイスキーを買受けた後、その全部を高松某に売却処分し、その所有竝びに占有を失い、その没収をすることができなかつたことが明かであるから、裁判所は、被告人から、その原価に相当する金額を追徴しなければならないものである。

(二)  次に、刑法第五十四条が、牽連犯、もしくはいわゆる想像的競合の場合について、「最モ重キ刑ヲ以テ処断ス」としたのは、かかる場合に於ては、観念上数個の犯罪が成立しているのではあるが、科刑上は一罪として、その中の最も重い刑をもつて処断するというだけの趣旨であつて、軽い罪が重い罪に吸収されて独立性を失うという意味でないことは、同法条規定の趣旨に照して多く説明の要をみない。換言すれば、右の場合においては、科刑上は一罪として、最も重い刑をもつて処断されるけれども、処罰の対象となつているのは全部の罪に他ならないから、仮にその重い罪に没収又は追徴を附加すべき旨が定められていない場合でも、軽い罪にその旨の規定が存する限り、これを附加し得るものと解するのを相当とすべきことは刑法第五十四条第二項の規定に徴しても明白であつて、右と同趣旨に帰する検察官の所論は正当である。而して右のような解釈は、毫も罪刑法定主義に背反するものではなく、また憲法第三十一条の精神に反するものでもないから、弁護人の所論は理由がない。

(三)  これを本件の場合にみると、原判決は、証拠に基き、「被告人は、三浦清武、長野喜治両名が、他から窃取してきた賍物で、かつそれが国税逋脱物品であることを知りながら、右両名から、(一)昭和二十七年十一月十二日頃米国製キヤナデアンクラブウイスキー、十ケース(一ケース十二本入)を買受け(二)同年十二月九日前同物品五十ケース(前同)を買受けて故買した」と認定した上、右(一)、(二)の所為は、それぞれ一個の行為で、刑法第二百五十六条第二項の賍物故買罪と、関税法第七十六条の二の関税賍物罪の二罪に該当する旨を判示している。従つて叙上判示した理由により、原裁判所は、関税法第八十三条第三項に基いて、被告人に対し、原判示ウイスキーの原価に相当する金額を追徴しなければならないものであつて、その言渡をするかどうかという点については、裁量の余地がないといわねばならない。

而して、右の理由は、原判示のように、それぞれ関税逋脱犯と想像的競合の関係にある二つの賍物故買罪が併合罪の関係にある場合でも、その適用に差異を生ずるものでないことは、刑法第四十九条の趣旨によつても明白であるから、原判決が、前記のように関税法第七十六条の二所定の犯罪事実を認定しながら、同法第八十三条に基く追徴の言渡をしなかつたのは、法令の適用を誤つたものであつて、その限りは判決に影響を及ぼすことが明白であるから、破棄を免れない。

検察官の論旨は理由がある。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 久礼田益喜 刑事 武田軍治 判事 石井文治)

検察官の控訴趣意

原判決は、法令の適用に誤があつて、その誤が判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、破棄を免れないものと思料する。

原判決は、被告人が三浦清武、長野喜治両名の窃取せる賍物で、かつ、それが関税逋脱物品である情を知りながら、右両名から米国製キヤナデアン、クラブ、ウイスキー十ケース(一ケース十二本入)及び五十ケース(一ケース十二本入)を二回に買受けて故買した事実を認定し、この各買受事実はいずれも一個の行為で刑法第二百五十六条第二項の賍物故買罪と関税法第七十六条の二の関税賍物罪の二罪に該当する旨判断しながら、関税法第八十三条第三項に基く追徴の言渡をなさなかつたものである。

原判決が、いかなる理由によつて右追徴をなさなかつたかは判文上明らかにされていないが、本件は被告人から前記ウイスキーの原価に相当する三十七万七千七百八十円を追徴すべき事犯であること明白である。

(一) 被告人は原判決認定のとおり、関税逋脱物品であることを認識しながら、三浦、長野両名から米国製ウイスキーを買受けてこれが占有権を取得したものであるから、本来もしも被告人がそのまま裁判時までその占有を継続しておれば、関税法第八十三条第一項により当然没収さるべきものである。ところが被告人は、本件ウイスキーを買受けた後その全部を高松某に売却処分した(記録第六丁、七十八丁参照)結果、その全部につき没収不能となつたのであるから、同条第三項の「前二項ニ依リ没収スベキ物ノ全部……ヲ没収スルコト能ハザルトキ」に該当するものというべく同項はいわゆる必要的追徴の規定であるから、同項により被告人から本件ウイスキーの原価に相当する三十七万七千七百八十円を追徴しなければならない。

(二) 被告人の行為は、一個の行為にして関税賍物罪と刑法上の賍物故買罪との二罪に触れるものであるから刑法第五十四条第一項前段に則り重き賍物故買罪をもつて処断さるべきことは原判決認定のとおりであるが、重き罪に没収又は追徴のない場合でも、他の罪に没収又は追徴のあるときはこれを附加し得ることは牽連犯に関して判例も認めている(大審院大正二年(れ)第一三四一号大正二年十月八日判決録第一九輯九四九頁参照)ところであつて牽連犯と同様に科刑上の一罪である想像的競合の場合を別異に解すべき必要はない。蓋し、併合罪の場合には刑法第四十九条第一項にその旨明記せられておるに対し想像的競合の場合明文を欠いているけれども、刑法第五十四条第一項前段の場合「最モ重キ刑ヲ以テ処断ス」という意味は、単に科刑上一罪として最も重い刑をもつて処断されることを規定したにすぎないのであつて、他の罪を不問に付する趣旨ではなく、その全部の罪が処罰の対象となるのであるから、最も重い罪に没収又はこれに代るべき追徴がなくても、他の罪に没収又はこれに代るべき追徴があればこれを附加し得るものと解釈するを至当とする。

本件については、重い賍物故買罪には追徴の規定はないが、他の関税賍物罪には必要的追徴の規定が存するのであるから、被告人から必ずこれを追徴すべきものといわなければならない。被告人に対しては、以上の理由によつて、本件ウイスキーの原価に相当する三十七万七千七百八十円を追徴すべきであるにも拘らず、原判決がこれを言渡さなかつたのは、以上の各法条の解釈を誤り法令の適用を誤つた結果によるものであつて、この誤が判決に影響を及ぼすこと明白である。よつて原判決は刑事訴訟法第三百八十条に該当し同法第三百九十七条により破棄さるべきものと思料する。

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